「瓜の涙」ものがたり


 青年謹三は、患っていた父を亡くし、東京の学校を中退し、郷里の金沢へ帰ってくる。ある麗らかな春の日、寺町をさまよっていた謹三は、なつかしい手まり歌に誘われて、奥深くまで踏み入ってしまう。唄っていたのは、十六、七の島田髷の美しい少女だった。

 以来、少女を忘れられない謹三は、憑かれたように彼女を探し歩くが、ある夏の盛りに、不吉な心中唄にでてくる峠の茶屋で、そこの姐さんから、名物の瓜をふるまわれるままに、その心中事件の顛末を聞かされる。

 実は、その心中未遂の片割れの男こそ、若き日の父親夏吉だった。飾り職人だった父の死んでしまった相方は、お寺の囲い者であったらしいおゆうという少女であったこともわった。

「もしかしたら、その人は、自分の母親だったかもしれない」と謹三は思う。彼の母親は、もの心つく前に他界していたからである。

 そんな謹三の目の前を、数人の女たちが女衒(ぜげん)に連れられて通りかかる。その中に、お寺で出逢った島田髷の少女を見つけると、彼は思わず話しかける。

「この瓜、召し上がりませんか? 耳にあてると中から鈴の音が聞こえてくる珍しい瓜です。二つに割りましょう。半分ずつ」

 この時謹三は、割った片割れずつに父とおゆうの姿がうつっているような不思議なめまいに捉われる。その刹那、けたたましく半鐘がひびき、「火事だ、火事だ!」の声に、見ると烈風が巻き起こって煙の柱が入道雲の頂きへと立ち上がっていく。

 少女が謹三の袖に引き添ってきた時、彼はすでに父に変身してしまっているのを感じるのだ。

 謹三は、おゆうをじっと引き寄せる。竜巻は天から鮒を降らせながら、二人を天上へと巻き上げていく。

「おゆうさん。・・・もう決して手放すものか」

 

遊行舎/遊行かぶき

藤沢を中心とする創作演劇集団です。

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